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■桜さば寿司の開発・生産・販売 十一寿司
桜さば寿司開発物語

商品設計

寿司屋が通常扱っている商品は新鮮な魚介類である。基本的に寿司は握って直ぐ食べてもらうのが一番美味しい。車で30分以内であれば出前をしているが、全国の方に食べてもらうには賞味期限での限界があった。

毎月1回帰省し、職人の人達とのミーティングの中で、「何か全国に発信のできる商品はできないか?」と聞いたところ、料理人歴40年の里内勇雄料理長が「この地方で祭りの時期に食べられるさば寿司は、もともと保存食で日持ちもするので、全国発送できるのでは?」とアイデアが出た。

里内料理長は滋賀県出身で、駆け出しの時に京都で修行していた。
ご存知の通り、京都ではさばの棒寿司が有名であり、そこでの経験を生かせるということであった。

早速、現在津山で販売されているさば寿司を試食し、味やパッケージなどの研究を行った。
正直、私はさば寿司があまり得意ではなく、酢のきつい、甘みのきついさば寿司を5点ほど試食をしたら、気持ち悪くなっていた。しかし、津山地方で食べられていたさば寿司はそれが当たり前であった。

母も含めて試食会議の後、皆で話し合い
「小京都津山の伝統食であるさば寿司を全国に発信していこう」ということで決まった。

その日の東京へ帰る2時間の旅路の途中、ある疑問にぶち当たった。

『さば寿司ってそんなに美味しくないし、一般的に受けるのかなー?全国的に発信しても、好きな人はいるのかなー?何か特徴がないと、他のさば寿司との差別化はできるのかなー?』

そんな疑問を持ちながら、全国に発信できる日持ちのする寿司商品はさば寿司しかない、という考えのもと会社の人達にさば寿司を知っているかどうかを聞いてみた。大半の人は「大阪のバッテラのこと?」という答えだった。バッテラはさばを薄く切り、テラ昆布という薄い昆布をつけた大阪発祥の箱寿司であり、東京の寿司屋でもよくあるものである。

インターネットでさば寿司の調査をすると、やはり京都のさば寿司が一番有名で、若狭湾で獲れたさばを京都まで運ぶために塩漬けにし、その塩漬けしたさばを酢でしめて、さばの片身とシャリとを一緒に棒状にし、厚い昆布で巻いたのがさば棒寿司である。

有名なのが「いづう」や「重兵衛」であり、1本3~4000円で売っている。
価格を見た時に“高い”と感じた。しかし、同店は歴史と伝統があり、京都という土地柄もあり、ブランドさば寿司として君臨している。

全国的にも愛用者は多く、価格に関係なく、こだわったお客様が贔屓にしている商品である。また、鳥取県米子市にある米吾の「吾左衛門(ござえもん)さば寿司」も有名で、全国発送している。

これらの商品を見た時に、「さば寿司の好きな人は全国にいるんだ。よし、今までにないさば寿司を作り、全国に発信しよう」と考えた。

2000年10月26日、エシレ村への出張の後、ロンドンから東京に帰る前日に、会社からホテルに課長からの電話があった。『娘さんが無事生まれたぞ!』帝王切開で出産予定日が28日で前日には帰る予定であったが、急遽緊急手術が行われ、予定日が早まったのだった。立ち会うことが出来ず、残念であったが、母子共に健康であり、安心した。

その翌月も実家に帰省し、さば寿司プロジェクト会議を行った。そこでは「今までにないさば寿司を作らないと意味がない。また津山の新名物を作りたいんだけど、津山といえば何があるのか?」という投げかけをすると「津山と言えば、鶴山公園の桜」というのが皆の答えだった。

1994年に、津山観光協会と寿司組合で何か新しい商品を開発しようと話合い作られたものがある。「桜の葉寿司」である。これは紅酢か着色料である色粉を使ってシャリを炊き、さばをサイコロ状にしたものにゴマをまぶし、俵型のおにぎり状にした寿司飯の中に入れ、桜の葉で包んだものであった。桜まつりの時期だけに販売されるもので、1度作ってもらい食べてみたが、さばとシャリとのバランスが悪いため、美味しいとは思わなかった。

「今までにないさば寿司」「小京都津山のさば寿司」「鶴山公園の満開の桜」のキーワード、
これらを組み合わせたものが、「桜の色と香りのするさば寿司」の商品設計である。