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■桜さば寿司の開発・生産・販売 十一寿司
桜さば寿司開発物語
柳澤

十一寿司 柳澤 雅人
みなさんこんにちは。桜さば寿司担当の柳澤です。
さて、ここでは、桜さば寿司を開発した物語をお話ししたいと思います。
長文にはなりますが、どうぞご覧下さい。

開発のきっかけ

2000年3月、突然母からの電話があった。内容は、寿司店を移転し大きくしたものの、経済環境の悪化で売上も不振で、非常に苦労しているということであった。父が癌で他界して10年、父と始めた寿司店を一人で守ってきて、弱音を吐いたことのない母が、初めて自分の弱い部分を見せた。

1996年4月に大倉商事という旧財閥系商社に入社し、食糧部門でワインやビール原料の輸入業務を行っていたが、1998年8月20日に突然、120年も続いていた会社が倒産した。入社3年目で商社マンの楽しみがようやく分かり始めた時であった。倒産した日に解雇通知を受け取ったが、その解雇日が9月20日であり、その日は結婚式の当日であった。

「結婚式の日に無職になるのか?このまま結婚をしても良いのか?」
そんな不安が頭をよぎった。

週末に婚約者の両親に事情を説明し、結婚についてお伺いをたてたところ、寛大にも「まー、君だったら何をやっても食っていけるだろから、心配はしていないし、予定通り結婚式を挙げてくれ」とお許しを得た。

幸運にも食糧部門は採算性の良い部であったため、コーヒー・紅茶を扱っている食品商社である片岡物産に商権と社員を全て営業譲渡されたため、引き続き同じ業務を行うことができた。無職にはならなかった。

その時に出会ったのが、フランス最高級バター「エシレ」である。
これはフランスの三ツ星レストランに認められたAOCバターで、日本でもフレンチの世界では有名なバターである。飛行機での輸入と輸入関税の関係で価格が非常に高く、通常のバターの8倍もする。でも美味しい。

商社マン時代に何度もエシレ村という1000人位しか住んでいない村に行ったが、小さい工場で頑固親父が昔ながらの作り方でエシレバターを作っている。その小さい村のこだわりバターは世界的ブランドとなって、世界中に出荷されている。

発酵バターであるため、賞味期限が60日と短く、日本のバターと比べると売りにくい商品である。そんな商品の担当になり、価格は高いがこだわりや美味しさの分かる人に食べていただくために日々営業をしていた。全国各地を飛び回り、忙しかったが、やり甲斐もあり楽しかった。

そんなある日、母からの電話に驚き、直ぐに岡山県津山市の実家に戻り話を聞いた。土日がきちんと休める為、週末を利用して毎月1回帰省し、寿司店の建て直しを行おうと考えた。仕入れやメニュー構成、販売促進、イベント企画など1年をかけて毎月1回の企画会議を行い若干の建て直しは出来た。

しかし、飲食店は水もので、また津山という10万人に満たない都市にある飲食店は毎日の売上の浮き沈みが大きいという問題は解決されなかった。そこで私は「10万人に対する商売ではなく、全国1億2千万人の人に対して商売がしたい」という願望を持った。それが、このさば寿司を作ったきっかけである。